オフィスの温度環境は、単なる「快適性」の問題にとどまりません。従業員の健康、業務効率、そして企業の省エネ・コスト削減にまで直結する、経営に近い戦略的な要素です。法的な基準を満たしているつもりでも、実際には「設定温度」と「室温」の違いを正しく理解していなかったために、思うような効果が出ていないオフィスも少なくありません。
本記事では、オフィスの温度管理に関する法的基準と重要な用語の整理から、健康・業務効率への影響、シチュエーション別の理想的な温度目安、そして実践的な改善策までを体系的に解説します。
1.オフィスの温度の基本的な考え方
オフィスの温度管理を考えるうえでまず押さえておきたいのが、法律で定められた基準値と、現場で混同されがちな「設定温度」と「室温」という2つの言葉の違いです。
1-1.事務所衛生基準規則
労働安全衛生法に基づく事務所衛生基準規則では、空気調和設備を備えたオフィスにおいて事業者が維持すべき環境基準が定められています。適正な室温は18度以上28度以下とされており、これは2022年4月の法改正によって下限が17度から18度へ引き上げられた数値です。適正湿度は40%以上70%以下とされています。
事業者はこれらの基準を維持するよう努める努力義務を負っており、特に室温が10度以下になる場合には、暖房などによる調節が義務として課されます。まずはこの範囲を法的な下限ラインとして押さえておきましょう。
1-2.「設定温度」と「室温」の違い
ここで押さえておきたいのが、「設定温度」と「室温」は別物だという点です。環境省が推奨するクールビズの目安である「28度」は、あくまで「室温」を指しており、エアコンのパネルに表示される設定温度のことではありません。実際には、外気温や日当たり、OA機器の放熱、在室人数といった要因によって、設定温度と実際の室温には大きな差が生じます。
つまり温度管理の目的は、エアコンのパネルの数値を28度に合わせることではなく、温湿度計で測った実測値を基準内に収めることにあります。この違いを認識せずに「設定温度さえ守っていれば大丈夫」と考えていると、実際の室内環境は基準から外れたままになりかねません。
2.オフィスの温度環境が及ぼす影響

不適切な温度管理は、従業員の健康だけでなく業務効率にも影響を及ぼします。ここでは、それぞれのリスクをデータとともに整理します。
2-1.健康へのリスク
不適切な温度管理は、季節や空調の効き具合に応じて異なる健康被害を引き起こします。
| 季節 | 空調が不十分(暑すぎる・寒すぎる) | 空調が効きすぎている |
|---|---|---|
| 夏(冷房) | 暑さによる不快感、熱中症、脱水症状 | 冷房病(だるさ、疲労感、肩こり、頭痛、消化不良)、自律神経の乱れ |
| 冬(暖房) | 手指の動きの鈍化、血行不良、血圧上昇、腰痛・肩こりの悪化 | のぼせ、脱水、自律神経の乱れ、乾燥によるウイルス活性化 |
この表からも分かる通り、健康リスクは「暑すぎる・寒すぎる」場合だけでなく、「空調が効きすぎている」場合にも発生します。冷やしすぎ・暖めすぎのどちらも自律神経の乱れにつながる点は共通しており、極端な設定を避けること自体が健康管理の基本になります。
2-2.業務効率への影響
温度とパフォーマンスの相関については、複数の研究データがその重要性を裏付けています。日本建築学会の研究によると、室温が25度を超えると1度上がるごとに業務効率が約2%低下するとされています。また、米国コーネル大学の研究では、室温を21度から25度に上げた際にタイプミスが44%減少し、入力作業量が150%増加したという結果が報告されました。
温度と効率のピークについては見方が分かれており、一般に21〜22度付近で業務効率が最も高くなるという報告がある一方で、21〜25度の範囲内であれば影響はそれほど大きくないとする見方もあります。いずれの研究にも共通しているのは、室温が極端に高くなる、あるいは低くなるほど業務効率への悪影響が大きくなるという傾向です。この点を踏まえると、次章で紹介する「シチュエーション別の理想温度」を目安にしながら、極端な温度設定を避けることが現実的な対策になります。
3.シチュエーション別の理想的な温度目安
快適性は湿度や時間帯、個人の体感差によって左右されるため、一律の設定ではなく状況に応じた柔軟な調整が推奨されます。
夏季の目安(25度〜28度)
夏場は26〜28度を基本としつつ、湿度が高い日には除湿機能を併用することで体感温度を下げられます。午後は日射や社員の活動熱によって室温が上がりやすいため、26度前後への調整が効果的です。
冬季の目安(20度〜22度)
冬場は20度以上を保つことを基本とします。ただし暖房を効かせすぎると「のぼせ」や乾燥を招くため、湿度を55〜70%程度に保つ加湿を併用することで、体感温度を補うことができます。温度だけを上げるのではなく、湿度とセットで管理する視点が重要です。
時間帯による微調整
朝晩は外気温との差が大きくなりやすい時間帯です。22〜24度を目安に、夏は冷えすぎを防ぎ、冬は暖めを強化することで快適性を保てます。午後は眠気対策も兼ねて、やや低めの温度設定にすることで集中力の維持につながります。
4.快適な温度環境を維持するための対策

オフィスの改装・移転のタイミングだけでなく、日々の運用の中でも取り入れられる具体的な施策として、物理的な環境整備と運用・システム面での工夫の両面から整理します。
物理的な環境整備
1.温度ムラを解消する
サーキュレーターや扇風機を併用し、天井付近にたまった暖気や足元の冷気を循環させます。あわせて、エアコンの風向きを夏は上方向(水平)、冬は下方向に設定することで、直接風が当たり続けることを防げます。
2.熱源をコントロールする
照明をLED化すると、白熱灯などに比べて発熱そのものが抑えられます。コピー機や冷蔵庫のように熱を発する機器は、可能な限り執務エリアから離して配置することで、局所的な温度上昇を防げます。
3.日射・遮熱対策を行う
ブラインドやカーテン、遮熱フィルムを導入することで、窓際からの熱の侵入を抑えられます。窓際の座席が特に暑く(あるいは寒く)感じられるという不満は、こうした対策によって軽減できます。
運用面での対策
1.温湿度計の設置と管理者の任命
温湿度計を室内の複数箇所に設置して数値を可視化し、空調管理者を任命することで、担当者以外が設定を変更する事態を防げます。
2.エリアごとのゾーニングと個別設定
フロア内を「暑がりの人向け(窓際など)」と「寒がりの人向け(内側など)」にゾーニングしたり、会議室・執務室・エントランスといったエリアごとに個別の温度設定を行ったりすることも有効です。
3.ABW・フリーアドレスの導入
一歩進んだ対策として、従業員が自分の体感温度に合った席を自由に選択できるABWやフリーアドレスの導入が挙げられます。
4.備品の貸し出しと服装規定の整備
卓上扇風機やひざ掛け、冷感グッズといった備品を貸し出すことや、高機能素材の活用や軽装を推奨するクールビズ・ウォームビズといった服装規定を策定することも、個人の体感差を吸収するための現実的な選択肢です。
5.まとめ
オフィスの温度管理は、単なる経費節減の対象ではなく、従業員の健康を守り、企業の生産性を最大化するための投資として捉えるべき取り組みです。法的な18〜28度という範囲を満たすだけでなく、実際の「室温」をきめ細かく制御し、シチュエーションに応じた理想の温度目安を意識することが、業務効率の向上につながります。あわせて、ABWの導入や備品の貸し出しといった、個人の体感差を許容する柔軟な運用を組み合わせることで、持続可能な成長を支える職場環境を構築できます。